読売文学賞の人(1) 戯曲・シナリオ賞 西川美和さん 32

滝を見下ろす崖(がけ)の上に立つと、女ははしゃぎ声を上げながら、ぐいと身を乗り出した。一緒にいた男は慌てて手を伸ばし、女を支えたが、なぜか女はその手を邪険に振り払う。「じゃあいい」。男が手を離した瞬間、女の体は滝つぼへのみ込まれていった――。4年前に見た夢が、作品誕生のきっかけとなった。
男は、優しくまじめな友人だった。だから、事の一部始終を傍観していた自分も、一度は「知らぬ存ぜぬ」を装った。が、それが逆に彼の良心を苦しめたと気づいてからは自首を勧め、彼は従う。
「ところが、収監された彼に面会すると、彼は死んだ女をひどくののしり始めたんです。人はこうも変わるのかと怖くなって」。そしてもう一つ、嫌なものを見てしまう。「殺人犯とかかわったために、もう映画が撮れなくなるかもしれない。なぜ、こんな目に」。憤る、自分の姿だった。
目覚めてしばらくしても、たかが夢、とは割り切れなかった。憤りの感情はあまりに生々しく、自身を幻滅させるに十分だった。けれど、それを冷静に見ている、もう一人の自分もいた。「同じ状況に置かれたら、多かれ少なかれ、誰もがそんな感情を抱くのではないか」。人の心の不確かさ、つながりのはかなさ、奥底に潜む闇。そんなテーマで脚本を書き始めた。
滝は、渓谷に架かるつり橋に変わった。主人公を地方に暮らす兄と、都会で成功した弟に設定したのは「どんなことがあろうと、簡単には逃れられない関係性を持たせるため」。兄弟は幼なじみの女を誘い、渓谷に出かけるが、そこで女が橋から転落したことから物語が揺れ始める。殺人犯として逮捕された兄は、裁判が進むにつれ、これまで見せたことのない一面をあらわにしていく。
2002年制作のデビュー作「蛇イチゴ」では、一見平穏に見える家族が、ある出来事をきっかけに崩壊する様を描いた。「人からよく見られたい。理性があるように思われたい。そう思う自分にも、一皮めくれば、全然違う感情がある」
幼いころから、そんな「負の感情」を自覚していたからだろう。思春期には、人間の心の暗部を描いた日本文学に夢中になった。やがて映画に惹(ひ)かれ、早大在学中にその世界に飛び込んでからも、「作家とは、自身の負の感情を生産的なものに変えた人たち。私もそうなれないか」と思い続けてきたという。
まだまだ演出には自信がなく、監督として多くの人をまとめる力も足りない、と言う。だからこそ、俳優やスタッフが、読むだけですべてを理解できる脚本作りを目指している。もちろん、観客の視点も忘れない。サスペンスに仕上がったのは、いかに観(み)る者を楽しませながら重いテーマを届けるか、と腐心した結果だ。そしてラストに現れる、かすかな希望。脚本の完成までに2年をかけ、その間、19回も書き直した努力が、そこに結実する。
「自分の持ち場だと胸を張れるのは脚本だけなんです。それで賞をいただけるのは、何よりうれしい」関連記事暴き出される「心」
他に、毎日映画コンクール日本映画大賞、キネマ旬報日本映画脚本賞受賞。








生まれたときから右足に墨色のアザがあり、動かすことができない。 狩房家には何代かに一人、体の一部に墨色のアザを持つ者が生まれる。禁種の蟲を封じたものだ。このアザを消すために、蟲師・たまのもとで第四代筆記者として修練している。蟲師の話を聞き「狩房文庫」に蟲を眠らせるために、巻物に書き写す務めをしている。足にできたアザから体に浮かび上がってくる文字を指で巻物に記すときに、足を苦痛が襲う。 蟲退治は異形のモノへの理由なき恐れが招く殺生なのでは……と心まで痛みを感じるようになった頃、ギンコと出会う。ギンコに興味を示した彼女は、以来、生物と蟲が共に生きている話のできるギンコに心を開き、足の動かない分、旅の話を聞くのを楽しみにするようになる。「蟲に体を侵蝕されながら、蟲を愛(め)でつつ、蟲を封じる」自分のやりたかったことに気づいた彼女は、今ではギンコと時折連絡を取り、狩房家の相談に乗ってもらうほど交友が篤くなっている






